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修理の終わったMamiya 6 KII SECOR 75mm

フィルムカメラ フィルム撮影

以前に購入した経緯を投稿したMamiya 6 KII 修理から戻ってきました。

 

hrkjournal.hatenadiary.com

 

この記事で紹介した3つの会社に見積を取ってみたのですが、どれも修理費用は同じくらいでした。

 

値段の差がないとなると、あとは実績があるかどうか、、。昭和カメラサービスさんの修理ログをみると似たようなカメラの修理実績がある様子なので、昭和カメラサービスさんに依頼することにしました。

 

カメラ修理工房ブログ ヒゲじいの昭和カメラサービス

 

大体2週間位で修理完了です。

 

実は最初の見積もり後に、カメラをぶつけてしまい、シャッターチャージはできるが、シャッターが切れないという状況に、、。修理費用がかさむかと思いましたが、最終的な修理費用は、最初の見積もりと値段が変わらないという、なんとも良心的な昭和カメラサービスさん。

 

修理の結果は良好で、無事にすべての機能を使うことができるようになりました。

 

ただ低速シャッターの場合(1秒とか)途中で引っかかってしまうことがたまに発生し、1秒のはずがバルブモードに、、みたいな状況ですが、まぁ長時間露光するような撮影をこのカメラではしないと思うので問題なしとします。

 

なんたって1956年のカメラですからね、60年以上前の製品、これをいまの時代に直せる人がいるのがすごい。

 

で、試写の結果です。家の近くの建築中のマンション。

 

仕様フィルムは Lomography Color Negtive 800。ISO800のフィルムです。絞りはこのカメラの最大値のF22。

 

屋外の写真なのに、なぜそんな高感度フィルムを使うなのかというと、このフィルムが3本セットで1本あたりの値段が一番安かったから(汗)。まぁどんな写りになるかまだわかりませんし。

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結果を見ると、高感度らしい粒状感が特徴的ですが、かなりシャープに写っていると思います。蛇腹からの光漏れが心配でしたが、そんなこともなく。

 

普通に現役で使っていけそうなので、このまま使い続けていきたいと思います。

 

お世話になった昭和カメラサービスさんありがとうございました!

 

このカメラの作業ログもあったのでのせておきます。

フィルム現像を自分でやってみた

フィルム現像

東京オルタナ写真部のアナログ写真ワークショップの講習の中で、フィルム現像を自分でやってきました。

 

注)モノクロフィルムです。

 

フィルムの現像で重要なのは、現像時間と攪拌方法。

 

この2つはフィルムと現像液の組み合わせ毎に違います。

 

Siver Saltのwebsiteで調べることが出来ます。

 

例えば、現像液をAdox Rodinal フィルムをSilvermaxで検索すると、

 

時間12min

 

攪拌は30/60/3

 

です。

 

時間の方は簡単で、現像液に浸している時間が12minということ。

 

攪拌の30/60/3はどういう意味ですかね、、、?

 

ちゃんと解説しているサイトがあまりないので、こちらで説明しておきます。

 

30/60/3の意味ですが、最初に30秒攪拌、その後60秒毎に3回攪拌。という意味です。

 

つまり

 

1.初回攪拌時間(秒) / 2.その後の攪拌間隔(秒) / 3. 2の間隔毎の攪拌回数

 

ということです。初めてこの数字を見る人にはナンノコッチャですね。

 

※ 3の攪拌回数は10秒くらいかけて実施する。速すぎても、遅すぎてもダメ。

母方の祖父の軍歴証明書を取り寄せた(概要編)

思い

今年で40歳になるのをきっかけに、母方の祖父の軍歴証明書(旧陸軍兵籍簿)を取り寄せました。

 

生前はいっさい戦争の話をしなかった祖父。

 

本人も語りたくない事もあったんだろうなと思うんですが、亡くなってからもうすぐ20年だし、自分も人生の折り返し地点にきた区切りでもあるので、取り寄せてみることにしました。

 

そしたら思いの他かなり時間と手間がかかった、、。

 

しかも最初に届いたのは、コレですよコレ。

 

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たったの3行かい!

 

1ヶ月近くかけて必要書類を準備した結果がコレかよ、、。愕然としましたね。

 

結局は調べ直してもらって、全ての記録が出て来ました。

 

すぐに記録が見つからなかったのは、出征の1週間前、祖父が婿養子の形で結婚していて、陸軍の兵籍簿には旧姓で記録が残っていたからです。

 

で、やっとこさ手に入れた結果がコレ。ちっこい字でほとんど読めないよ!

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なんとかがんばって解読してWordに全文書き起こしました。兵籍簿の記録と母から聞いた話をつなぎ合わせて、祖父の戦争はどんなものだったのか、再現したいと思います。

 

題して「祖父の太平洋戦争、一兵卒の記録」です。

※ほぼ東南アジアの行軍歴なので祖父の大東亜戦争としたほうがいいかも。


 

おじいちゃんは福島県で11人兄弟姉妹の4男として生まれました。

 

男6人、女5人!すごいですねー。

 

そしてなんと男6人は全員戦争に行ったけど、誰ひとり死なずに帰ってきた。奇跡、奇跡!

 

なんたって、おじいちゃんは出征1週間前に結婚してますからね。戦争で死んでたら、家族全員生まれてないよ!!

 

注)あえて軽いノリで書いてますが。気に障った方がいたら申し訳ありません。

祖父の壮絶な戦争体験、そして無事帰ってきてくれなかったら家族の誰ひとりとしてこの世にいなかったこと、決して孫に語ることのなかった戦争体験など、祖父の気持ちを考えると泣けてきてしまうので、あえて明るく書いてます。お許し下さい。

  

昭和18年

27歳のときに臨時招集により工兵第二連隊補充隊に補充兵として徴兵されます。

 

この補充兵と言うのはですねWikipediaとかで調べるとわかりますが、初めの徴兵検査のときは「こいつイマイチ」という感じで、最初は採用されなかったけど

 

「やべー、やべー、人足りねーよ!」

 

という感じで、急遽投入された人たち。

 

いまでいうとソフト開発のデスマーチの最後の方に投入されるあの人達のことですよ。

 

急ごしらえの仕様書とテスト項目書だけ渡されて、よくわからんまま必死にテストって言われる人たちと一緒ね。

 

そんなんで人の生死が関わる戦争に突っ込まれるんだから、悲惨というほかない。

 

今も昔も、ブラックな組織はやることが変わってない。

 

で、仙台で工兵第二連隊補充要員として編成され、船でフィリピンまで運ばれます。

 

その後シンガポールにいって、マレーシアで任務。昭和18年の11月に、その任務中に怪我しちゃったので、クアラルンプールの病院に入院します。

 

なんの怪我で入院したのか、なんと記録が削除されて判読不能、、、。

 

3ヶ月ほど入院生活を送り、翌年昭和19年退院したら即復隊です。

 

昭和19年 

マレーシアを抜け、タイを越え、ミャンマーも通り過ぎて、えっちらおっちら中国とミャンマーの国境付近(中華民国雲南省芒市着)までいって、中国軍と交戦。

 

芒市及龍陵付近の防衛戦に参加と記録には残ってます。

 

まぁ、おじいちゃんは工兵だったので後方支援部隊だったと思うんですね、でもこの戦闘に参加した人の手記とか読むと、かなりの激戦。犠牲者も連日のように出ています。

 

どうも九州出身の部隊が精鋭部隊だったらしく、その部隊は中国軍と何度も戦闘を繰り返し犠牲者もかなりの数とのこと。

 

じいちゃんも、ここで命を落としていたとしてもおかしくない、、、。

 

で、今度は中国とミャンマーの国境から離れてまたタイに入りマレーシアに入り今度は、ベトナム方面へ移動します。

 

すげー移動距離だなこれ。徒歩か列車でしょ?

 

昭和20年

ベトナムでは歴史の教科書にでるような作戦に参加してることが記録からわかります。

 

明号作戦 - Wikipedia

 

いろいろ詳しいことは調べればわかりますが、つまりはフランスと共同統治してたインドシナから、そのフランス軍を追い出すって作戦です。

 

人によっては、インドシナを長年支配してたフランスを追い出して、アジアの独立に貢献したー!みたいなことになってますが、どうもフランス軍がいなくなったので、スキを狙って独立したという感じ。以下の参加国が次々に独立宣言をします。

 

ベトナム 1945年3月に独立宣言

カンボジア 1945年3月に独立宣言

ラオス 1945年4月に独立宣言

 

で、おじいちゃんは、昭和20年8月14日、そのままベトナムで終戦を迎えます。現地の人たちからの報復も経験することも無く、母の言葉を借りれば、「その辺をフラフラしていた」ときにフランス軍の捕虜になった」とか。

 

これが、満州とかソ連国境近くだったら、現地の人たちからの報復、ソ連軍の侵略と大変なことになっていたでしょう、、。

 

その後香港に移送され、収容所生活をしました。

 

昭和21年

収容所から開放されたのは、終戦の翌年。8ヶ月感くらい収容所生活をしたことになります。

 

昭和21年5月、香港から広島の大竹港に引き上げ、そこで除隊、招集解除となります。

 

このとき既に30歳になっていました。

 

引き上げ船の中でマラリアにかかり、帰国後もマラリアの後遺症に苦しめられたそうです。

 

参考資料

引揚援護庁 - Wikipedia より。

 

大竹引揚援護局の写真

 

 


 

いやまぁ壮絶ですね、、。

 

母の話では、母が小さい頃祖父は酒に酔ったときには、戦争を思い出して声を出して泣いていたとか。

 

工兵だったので橋に爆弾を仕掛ける作業をしたらしいですが、その爆弾で中国人のおばあさんが吹っ飛んじゃって、そのことをいつまでも後悔していたと。

 

戦争という行為には全く合わない性格の人が、戦場に無理して連れてこられたせいでしょう。

 

それにしても祖父の軍歴を読んで思うのは、軍指導部の無能さ、、。だって戦線長すぎるでしょ?

 

福島の田舎から補充兵を引っ張り出して、船でフィリピン、シンガポールと経由して、陸路はるばる中国とミャンマー国境の山奥で局地戦。戦争末期には、フランス軍とインドシナの支配権を小競り合い。

 

何この無計画さと、戦線の長さ、、、。

 

戦争といえば「信長の野望」くらいしかやったことありませんけどね、これだけ戦線伸びてたら補給もままならないし、だいたいアジアの各地で小競り合いしてどうするのよ。

 

そこ戦略上重要?

 

防衛線を守りつつ後方の補給ラインも確保するっつーのが王道なんじゃ、、、?

 

まぁ私は戦闘のど素人なので、いまだから言えることかもしれませんが、、。

 

ただ、この祖父の体験を読んで思うのは、国家はいとも簡単に一人の人の人生の貴重な時間が奪うということ。戦争という名のもとに。

 

「◯◯国が攻めてきたら、俺が戦ってやる!」なんて勇ましい意見を持っている人がいたら、是非本当に戦争を戦ってきた人の記録を読んでほしい。

 

本当に戦争に参加できる覚悟ある?これが現実ですよ?

 

とはいっても、今の現代的な戦闘には、いきなり素人を徴兵してもほぼ役に立たないので、俺が戦ってやるなんて言っても、まぁ無理ですが。

 

そのうち、軍歴証明書(兵籍簿)の入手方法の詳細と必要書類についてもまとめたいと思います。

 

私と同じように軍歴証明書(陸軍兵籍簿)を手に入れようと思っている方の参考になればと思います。

 

 

 

フィルム圧板のDIYで改造を施したHolgaの撮影結果

Holga FOMAPAN CLASSIC 100

フィルム圧板のDIYで改造を施したHolgaの撮影結果編です。

 

 (準備編はこちら)

hrkjournal.hatenadiary.com

結論を言うと、、、

フィルム圧板あるなしの違いがよくわからない!」

でした、、、orz

 

とりあえず結果はこちら。

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ベンチ 

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これと過去の作成を比較したのですが、ピントのあっている中心部のシャープさは、見た目には違いがよくわかりません!

 

まぁ、フィルム面の平滑化をおこなっても結局は安いプラレンズですからね。

ちょっと残念。

 

ただし、前回の改造はまったく効果がなかったというわけではなく、トイレットペーパーの芯でつくったフィルム押さえはちゃんと効果がありました。

 

巻き太りは発生せず、かなりピッタリと巻き取ることができています。光漏れが発生しなかったのはこれのおかげ。

 

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今までのHolga写真は眠たい写真が多かったのですが、今回の作例は全般的に、高コントラストになりました。

 

これはHolgaの改造の成果というよりも、Holgaが得意とする被写体が徐々にわかってきたからかもしれません。

 

Hogaに適した被写体はなにか?どんな撮影意図があるときにHolgaを使うべきか?まだまだ手応えはつかめていないのですが、Holgaならではの楽しみがあるので、今後も使い続けていこうと思います。

Holga フィルム圧板(フィルム押さえ)をDIY

Holga

Holgaを買ったら、フィルム圧板(フィルム押さえ)だけは作っとけ、という記事をよく見かけます。

 

ちょっと昔の記事が多いので、使用済のテレホンカードをフィルム圧板に使ってる人が多いんですね。

 

今(2016年)テレホンカードなんてないよ!使用済もないし。

 

家の中で代用できそうなものを探しましたが、クリアファイルくらい?ちょっとこれだと強度不足でフィルム圧板にはできそうがない。

 

わざわざ素材を買いいくのも面倒なんで、家にあった黒の厚紙を使うことにしました。紙だと繊維がほつれてしまうのが気になるんですが、テープで断面を覆えばなんとかなりそう。

 

ということで以下、工程です。

 

材料

 ダイソーで買った黒い厚紙 200円くらい

 黒のマスキングテープ 150円くらい

 ダイソーで買った黒フェルト

 両面テープ

 

一番肝心な黒厚紙

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まずは厚紙を切り出します。ちょうどこの写真の赤い線で囲ったところくらいのサイズで適当に切り出しました。フィルムカウンターが見えるように真ん中も抜いておきます。

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厚紙を切り出した感じ。横8cm 縦6cm くらいでした。 

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周りをマスキングテープで囲います。

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このまま固定できないので、Holgaの裏蓋の隙間部分をこんな感じで黒フェルトで埋めます。3枚重ねです。両面テープで適当に止めてます。

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最後に厚紙とフェルトを両面テープで固定します。フェルト部分がクッションになって軽くフィルムを押さえられそうでいい感じです。

 

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Holgaはフィルムの巻き太りがあるので、こんな感じで軽く抑えられるようにもしておきました。ちょうどいいサイズのバネがあるといいんですが、ないのでトイレットペーパーの芯を切ってマスキングテープで固定しておきました。

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材料費激安で、Holgaのフィルム圧板と巻き太り予防が完成です!!

 

撮影結果はのちほどー。

蛇腹カメラ(スプリングカメラ)Mamiya 6 KII SECOR 75mm

Mamiya 6 K

前々から中判カメラがほしいと思っていたんですが。

でかい、重い、高い、で手だでませんでした。Holgaは持ってますけどね。トイカメラだし。 

が、蛇腹カメラ(スプリンガカメラ)があるじゃないですか。

 

中判カメラの教科書の60ページでおすすめされてたMamiya 6 KIIがあるかなー思ったら、eBayにたくさんありました。

 

気づいたらポチってました、、。

 

 

1万円だし、まぁこの値段ならハズレをひいてもいいかと。

 

手元に届いたのでコンディションをチェックするとこんな感じ。

・前玉のカビは撮影に影響を与えそう。
・後玉の拭き傷がおもったより大きい。
・絞り、ピント合わせはOK。
・ファインダーは曇ってるけどピンと合わせはまぁまぁできる。
・低速シャッタースピードが、ちょっと遅い。1秒にすると1秒以上シャッター開いてる。

 

古いカメラだし、専門店に修理を依頼したほうが良さそう。レンズとファンダーだけでいいかな。

 

東京近郊で探してみると数店あります。

 

修理ブログを公開しているお店もあるので、Mamiyaの修理実績があるところに見積もりをお願いしようと思います。

 

世田谷区に2店舗

東京カメラサービス

 

ヨコタカメラ

 

調布市に1店舗

調布カメラサービス

  

川崎市に1店舗

昭和カメラサービス - Showa Camera Service

 

カメラのキタムラでも修理受け付けてるんですね。電話して聞いてみようと思います。

 

 レンズとファインダーの様子ものせときます。これがどう変わるか楽しみ。

 

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SMENA8M Lomography 800

SMENA8M Lomography 800

トイカメラとして分類されているのにフルマニュアルで撮影できる!とうことで前から気になっていたSmena 8M

 

ヤフオクで6000円くらいだったのでポチって、Lomography color nagative 800で撮影してみました。

 

ISO 800のフィルムを選んだ理由は、屋内でも撮影してみたかったから。

 

高感度のフィルムを使って、できるだけシャッタースピードを早くして、手ブレを防ごうという魂胆です。

 

まずは屋外からで、六本木ヒルズ周辺を適当にブラブラして撮影です。

 

露出はiPhoneの露出計アプリを使って決めてます。

 

結果はこちら。 発色はかなりVividです。

 

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室内だとやはり手ブレがきびしい、、。

 

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ピントはゾーンフォーカスですが、思い切り絞り開放にしなければ、ピント面はそこまでシビアではありません。ピンボケ写真少なかったですが、室内では手ブレが厳しいです。

 

独特な操作方法ですが慣れれば、難しくありません。

 

多重露光したい場合は、シャッターチャージを2回連続でやればいいだけなので簡単ですね。

 

撮影データ

Camera : SMENA8M

Film : Lomography color negative 800