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 印象派で「近代」を読む モネ展の前に読むと役立つ本

[書評] 印象派で「近代」を読む モネ展の前に読むと役立つ本



印象派で「近代」を読む

12月13日まで東京都美術館で開催中のモネ展に行ってきました。

モネというと「印象派の人だよねー」という事くらいしか知りません。

もともとダリの「記憶の固執」や、マグリットの「光の帝国」などの抽象画。近代浮世絵画家、川瀬巴水の「芝増上寺」といった作品が好きで、印象派の作家の展覧会といっても、「是非行きたい!」という感じではありませんでした。

でも写真を学んでいる人の間で「モネ展」行ってきたよ!という投稿もFacebook上でちらほら見かけるし、せっかくだから行ってこようかと。

、、、が、恥ずがしながら、そもそも印象派ってなんだっけ?というくらい美術の知識が乏しいので、Amazonde参考になりそうな本を物色。

ただの画集とかではなくて、時代背景とかも説明してくれる本がいいなー。と思って見つけた本がこちら。

この本、その絵が書かれた当時の時代背景、歴史上の事件も合わせて説明しているので美術史の本なのに無茶苦茶面白い!!

学生時代にこうやって美術と歴史を教えてくれれば、もっと楽しく勉強できたのに、、、。

本書の内容は、こんな感じです。

読みどころ

印象派以前・以後

印象派より前の時代には、女性のヌードを描くということは、宗教画、もしくは神話の世界を描くときにしか許されていなかった。例えばティツィアーノの「ウルビノのヴィーナス」。ヴィーナス像を描いたということであればヌードでも許された。

これに対して印象派の作家のなかでも有名なマネの「オランピア」。ティツィアーノと構図もモチーフもほとんど同じだが、これまでの遠近法と明暗法を使わずにヌードを描いただけでなく、娼婦を連想させるように細部を描いている。

歴史的背景を理解して、2つの作品を見比べてみることで、印象派の作家の描きたかったことがよりいっそう理解できる。

絵画に込められた旧時代への皮肉?

セザンヌが描いた、父親肖像画。「レヴェヌマン紙を読む画家の父」。

普通に見れば息子が父親を日常の一瞬を切り取るようにして描いたとしか思えない。ところが実際には成功した実業家であるセザンヌの父は、息子の芸術に全く理解を示していない。肖像画の父が手にしている新聞も、エミール・ゾラが美術批評を連載し、前衛絵画を擁護した擁護している。こんな新聞をセザンヌの父が読むはずもない。

これを書いたのは父の愛を求めるの息子の思いか、それとも旧時代への強烈な皮肉か?

 

そしてモネ展へ

この本を読んだおかげでモネ展も楽しみながら見ることができました。すごい人だったけど、、。

地下1階、1階、2階合計3フロアでモネの作品が展示されています。

 地下1階は、家族のポートレート作品、風景画、モネの収集した作品
 1階は、風景画と有名な一連の睡蓮の作品
 2階は晩年のモネの作品

この2階の「バラの小道」の作品を見た時に、鳥肌がたってしまいました。

白内障を患っていた晩年のモネが描いた作品なので、人によっては抽象画のようだ。とかモチーフが識別できない、と言われている晩年の作品ですが、その絵にははっかり庭の奥へ続く、小道が圧倒的な遠近感をもって伝わってきました。文字ではうまく表現できないですね、、、。

ウェブ上で画像検索すれば、この作品の画像も見れるんですが、画像だとそれが伝わってこない。絵として、照明の下でみることで、伝わってきます。

視力が低下しつつも、彼の目でこそ捉えることのできた風景、それが晩年の作品には込められている気がしました。

余談ですが、印象派の画家って2文字が多いですよね。モネ、マネ、ドガ、同時代を生きた作家ゾラもいます。

著者の中野京子さん。他にも美術史に関する著作があるので、続けて読んでみようと思います。